2007年12月05日

コンセプト

私はこれまで自分が不幸だと思ったことがないように思う。
大抵のことは、自分の希望した結果に近づいているし、上手くいかなくても不幸だと思うほど落ち込むこともない。原因と結果がわかりやすいのか暗示にかかりやすいのか。でも「不幸でない=しあわせ」なのか?「しあわせ」って何だろうか。いつしか物質社会にもまれているうちに、物事の成功の上に「しあわせ」というものがあると思い込んでいたり、物質を獲得することを「しあわせ」と思い込んでいたり。
気がつくと私の「しあわせ」は他人の上にのしかかるようにその犠牲の上に成り立ってしまっていた・・・部分が多分にある。
「しあわせ」とは欲望を満たすことではなく状況を認識する際そこに価値を与える行為のなかから生まれてくるものだと思う。その価値はどこからくるのか・・。多くのことを知り、経験し、積み重ねてきた外からの価値観を混ぜ合わせ、自分の独自の価値を見いだすのだが、そこまできて一度はそれを捨て去り、自分の感覚に問い直す必要があるのだろう。そこに現れてくるおぼろげなものに「しあわせ」は存在するのかな。と。
今回の作品では、そんな考えから反省も含め、「しあわせ」を問い直すキッカケとしてカタチに想いを込めて制作しました。
一つ一つのカタチに何かしらの「しあわせ」が宿り、皆さんとの関わりのキッカケとなればと思います。そしてお互いにとって新たな「しあわせ」のカタチを育てていけたらと思います。
そんなことで今回の作品には「値段」をつけないことにしてみました。
この作品が本当に気に入って、この作品を育てていきたいと考えていただける方に、自分自身の中に問いかけた「価値」を考えていただけたらなぁ、と思います。その「価値」をどういった形で作者もしくは他者にフィードバックするのかを考えていただけたらなぁ、と思います。そこでのコミュニケーションの中から、それぞれにそれぞれの関係をつくってみたい。そこに新しい「価値」が見いだせたら「しあわせ」だと思います。。

毎日ふれることができる食卓におくもよし、トイレで物思いにふけるときの友としてもよし、床の間に大切に飾るもよし、悲しいときに握りしめるのもよし、旅先に連れて行くもよし・・・。
それぞれに「しあわせ」を感じる場に居合わせればよく育つと思います。
dm2007ambiente1.jpg
今回、作品を持ち帰っていただいた方には、「しあわせ」についてそれぞれの考えを何らかの形(形式は問いません)にまとめていただき、後日西嶋にお知らせしていただきたいと考えております。
それらを一つの冊子にまとめ、皆さんで「価値」を共有し、新しい「しあわせのカタチ」が作り出せればなぁ、と思います。
是非、ご参加ご協力ください。

参加希望の方は、西嶋に声をかけてください。
shiawase2007@yuji-nishijima.com

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